AIに学ぼう!国語のおすすめ勉強法8(AIが持っていない「常識」とは?)

人工知能イメージ

AIにはできない方法を模索しよう

広告会社の電通と静岡大学が共同開発したAIによるコピーライターAICO(アイコ)のプログラミングを国語の学習法に役立てないか考えてみるシリーズの最終回です。

これからの時代、AIにはできない方法を模索することも大切。

そんな観点で、AIを通して究極の国語の勉強法を探してきたシリーズをまとめたいと思います。

1. 究極の国語の勉強法とは何か

まず、これまでの回をふり返ります。

第1回では、AIによるコピーライターがコピーの大量生成を行った事例をご紹介しました。
第2回では、AIの記憶法と人間の記憶法を比較しました。
AIが単純にデータを記憶するのに対して、人間は過去の自分の体験と結びつけるようにして記憶するのでした。
第3回では、自分の体験と結び付けて言葉を記憶する「短文作成」をご紹介しました。
第4回では、AIの頭の使い方である「自然言語処理」をご紹介しました。
第5回では、「自然言語処理」と神奈川県公立高校入試の設問との類似点を浮き彫りにしました。
第6回では、AIが入試問題を解くプロジェクト(東ロボくん)を紹介し、AIにある壁を示しました。
①文章を読めないこと
②意味理解ができないこと
③体験的な常識がないこと
第7回では、文章を読まないAIと同じく中高生も文章が読めていない実態を紹介しました。

さて、シリーズを通して、見てみると、究極の国語の勉強法を以下のようにひとまず仮定してみます。

①AIの自然言語処理のアルゴリズムで対応できない勉強法
②人間ならではの特性を生かした勉強法

AIが苦手で、人間が得意な面を生かした勉強。
この方向性を示すと以下のようになると思います。

①常識を身につけるための「体験」をすること
②常識を体感的に「記憶」しておく勉強
③意味を理解するために「常識」を身につける勉強
④文章の「意味」を理解するような勉強

究極の勉強法はメモを取ること?

①~④に該当する勉強の1つとして、第3回では短文作成を紹介しました。

短文作成と同じ方向性の勉強法として、今回補足的にもう1つあげておくと「メモを取ること」があります。
何を今さら「メモを取る」なんていう基本的なことを言うのかと思われるかもしれません。

しかし、通常勉強ととらえていない人間の生活に根ざした基本的な行動であるために、AIにはできない行動なのです。
AIには今まさに現実で体験していることを、即言語化するというメモ行為は実はとても難しい作業なのです。

メモを取ることは、一見単純そうに見えて、実に複雑な処理をしていると言えます。
メモを取るとき、メモを活用するときの一連の流れを少し考えてみましょう。

① 常識を身につけるための「体験」をすること

体験していることの中で特に重要だと思った点を即言語化するのがメモすることです。

体験を言語化することは、AIが最も苦手にすることでしょう。
体験という五感を通して知覚することを、まとめあげて瞬時に言語化することが人間にはできますが、考えればメカニズムとしてはとても膨大な情報を繊細に処理していることになります。

また、AIには体験していることのどこをメモすればよいかも判断ができないでしょう。
重要なポイントをメモするわけですが、AIには「常識」がないのでこの判別ができないのです。

② 常識を体感的に「記憶」しておく勉強

メモは重要だと思った「体験」をただ時の流れるのにまかせて、忘れてしまうのを防ぎます。

覚えておこうという意志を強くしても、それだけでは長く記憶しておけないのが人間です。
「記憶に頼るな記録しろ」という言い方で、メモを取ることを昔、わたしも先生に教わった覚えがあります。

書いたものを見返せば、ずっと忘れていた幼いころの記憶でさえ、掘り起こすようによみがえらせることも可能ですね。

③ 意味を理解するために「常識」を身につける勉強

体験をメモし、言語化しておくと、後で他の知識と結びつけることが容易です。
新しい事例に出会ったとき、今ある知識に結び付け、応用して判断できることが「常識がある」ということでしょう。

④ 文章の「意味」を理解するような勉強

言葉の裏や行間にある意味を読み取ることを常日ごろ会話や文章を読む中で、わたしたちは行っています。

わたしたちは実感的な体験を積み重ね、体験のサンプルを集めることで、「空気を読む」ような直感的な判断力をみがいているわけです。
「意味」とは一面的ではないために総合的な判断材料として「体験」が重要になってくるのです。

2. できる子はみんなメモを取る

「メモを取る」という話でわたしが思い出すのは、大学時代、教職課程の授業を受けていたときのことです。

担当の教授がこんなことを言ったのをよく覚えています。
「これまで見てきた数多くの生徒の中で、できる子には1つ共通点があった。
何かと言えば、それはみんなメモを取る子たちだった」

「先生は授業中の説明をすべて板書するわけではない。
大事なことを板書しないこともよくあるもの。
そんなとき、できる子はその時、メモをしている。

しかし、そうでない子は聞き流してしまう、これが結局差になっているだろう」
その後わたし自身も指導する立場となって、このことを強く実感しました。

できる子は、板書以外の説明を聞きくと、テキストの端やノートにメモをしています。
次の授業のとき、その生徒のテキストやノートを見ると、前回書いたメモをさらに自分なりに色分けするなど、カスタマイズして自分のものにしているのです。

言われたことを、言われたとおりにやるのは、プログラミングです。それはAIができることです。

一方、何が重要なのかを判断し、それを自分なりの方法で身につけたり、アウトプットすることはAIにはできません。
一見素朴な行動のように思える「メモ」は、判断をともなう実践なのがお分かりでしょうか。

勉強と意識せず、すべての体験を勉強に変えている1つの手段が「メモを取ること」なのです。
日記を書いたり、読書をしたら感想を書くことも、自分の体験を言語化する活動です。
これらもメモ書きの延長です。習慣にできると理想的です。

メモを書くにも言葉を知らなければなりません。前提として、言葉の暗記は欠かせないことは念を押してお伝えします。

3. 言葉は漬けもののようなもの

シリーズでAIを通して国語の勉強法について考えてきましたが、たどり着くのは次のような観点です。

言葉をうまく活用しようという態度は、本当はおこがましいことかもしれません。

言葉は、今生きているわたしたちが生まれる前からあるいわば大先輩です。
長い年月を経て今のかたちになっているのです。

わたしたちは普段、言葉を情報を伝達する道具として活用しています。
一方で見てきたように言葉は「記憶」や「思考」「体験」「常識」「意味」といったいわば人間が人間らしくあるためのよりどころでした。

AIが言葉を数値に置きかえて統計処理するのは、言葉の一面的な活用でしかありません。

「言葉をつかう」ことは、即生かせるスキルのようなものではありません。
長期間かけてようやく形成されるものです。

言葉を使ってやろうという態度ではなく、言葉に浸るような経験を重ねることで、時間をかけて言葉はその人自身となってあらわれ出るようなものでしょう。
それこそ手塩にかけて漬けた漬けものが時間をかけることで熟成されて、うま味を増すようなものです。

先々のために「漬けこんでおく」という行動は人間はなかなかできないものです。
プログラミングすれば、すぐ活用できるようなことに目移りしがちです。

しかし、言葉は本来そういった成り立ちのものではないのです。
AI時代が迫ってくるから言語をプログラミングしようとか、明日試験があるからせっぱ詰まって暗記しようという安直なものでなく、手間ひまかけて、自分の言葉を蓄えていきたいものです。

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