
入試問題をAIが解いていた
広告会社の電通と静岡大学が共同開発したAIによるコピーライターAICO(アイコ)のプログラミングを国語の学習法に役立てないか考えてみるシリーズの今回は6回目です。
前回は神奈川県公立高校入試の国語の問題とAIのプログラミングとを照らし合わせました。
AIの自然言語処理のプログラミングは、国語の設問と関連度が高い様子でした。
これを使えば、国語の問題を一定以上解くことは可能になるでしょう。
一定以上と限定したのには理由があります。
AIにプログラムできるような一定の法則性がある設問に限っては正答できるだろうということです。
AIは問題によって解けるものと解けないものがあります。
実は、実際に入試問題をAIで解くプロジェクトがあったことを皆さんご存知ですか。
2. AIは意味を理解してはいなかった
3. AIは登場人物の気持ちがわからない
4. AIはくつひもがほどけていても、知らんぷり
5. AIはごちそうをバースデーケーキしか知らない
6. AIは500兆円使って常識を覚える
7. 21世紀型スキルとは「常識」のこと
1. AIの目標は東大合格
そのプロジェクトは東大入試合格を目指して開発を進めていた人工知能(AI)の「東ロボくん」のことです。
2011年から国の研究機関が開発を進めていました。
人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」: 第三次AIブームの到達点と限界
東ロボくんは模試の偏差値が数学で76を越え、全国の大学の8割にあたる472の大学で「合格率80%以上」を示すA判定を獲得するまでになりました。
ところが、東ロボくんは壁にぶち当たりました。
苦手科目の国語を克服できる見通しが立たなかったのです。
このため、2016年秋をもって、このプロジェクトは終了し、東大合格を目指すことは断念されました。
2. AIは意味を理解してはいなかった
東ロボくんは国語の問題を自然言語処理のアルゴリズムを使って解いています。
設問文と選択肢の「文字の重複度合」や「選択肢の文の長さの妥当性」など、データ処理を行って、正解・不正解を判断しています。
国語の中でも評論文のような論理的な整合性を問う問題では、50%以上の正答率を獲得するそうです。
ここまで到達していた東ロボくんですが、壁が存在するのには明確な理由がありました。
東ロボくんは、実は文章をまったく読まないで問題を解いているのでした。
現在のAIでは「意味」による判断ができないのです。
つまり、言い手がどんなとらえ方でその表現を選んだかが判断できません。
あくまで、データに頼った統計処理で判断しているだけです。
これでは評論文の選択肢問題は文の重複度でできるかもしれませんが、小説は解けません。
3. AIは登場人物の気持ちがわからない
入試の小説は文中のセリフや行動から、その背後に隠れた登場人物の心理を推測して答える問題です。
たとえば「顔を赤くする」のは、場面によって使われ方が変わります。恥ずかしがっているのかもしれませんし、怒っているのかもしれません。
どちらの意味で使われているのか文章の前後関係で判断するわけですが、文書を読まない東ロボくんにはそれができません。
4. AIはくつひもがほどけていても、知らんぷり
また、次のような問題も東ロボくんにはできませんでした。
Bさん「待って。( )」
Aさん「ありがとう。いつもなるんだ」
問.( )に入るのは①②どちらか?
①長いこと歩いたよ
②靴ひもがほどけているよ
正解は②
しかし、東ロボくんは①を選んでしまったそうです。
東ロボくんはどう考えたかというと
②「歩く時間」が書かれた文が前後にある場合、解答は「時間に関する文」が入る確率が高いという統計判断を行った
その結果、東ロボくんは間違った選択肢を選んだのでした。
東ロボくんには「人間がお礼を言う状況」という「常識」がないのです。
「Aさんが、Bさんの言ったことに対して感謝している」という状況を理解していません。
だから、こういった状況の場合、当然こんな会話がされるだろうという常識的な判断ができないのです。
5. AIはごちそうをバースデーケーキしか知らない
もう一つ、AIの「常識」にまつわる例をあげると
母と娘が父のためにバースデーケーキを作っている物語の問題を解くために、仮に「バースデーケーキ」とは、どんなものかという「常識」をAIに膨大な数インプットさせたとしましょう。
しかし、バースデーケーキがローストチキンやちらしずしに変わっただけで、AIは他のごちそうについての「常識」がないので、もう解けないのです。
このように人間だったら、当然子どももわかるレベルの「常識」がないため的確な判断ができず、問題が解けないのです。
6. AIは500兆円使って常識を覚える
仮に1つの設問を正解するために、膨大な数の関連する文例を読み込ませる必要があるのですが、それがなんと500億個も記憶させる必要があるそうです。
そういった文を自動的に収集できる仕組みが現在はありません。
そのため、行おうとすると人に頼らざる得ません。
人がデータを作成した場合の人件費を計算すると、ざっと500兆円の費用がかかってしまうそうです。
現実的ではないため、AIでの東大合格プロジェクトは断念されたのでした。
AIによるコピーライターAICOも東ロボくんと同じくデータ処理を行って、2万作品のコピーを作成したことをご紹介しました。
しかし、コピー審査の応募に向けて、AICOが作成した2万のコピーから500個を選んだのは人間でした。
AICOには2万作品を作れても、どれが良い作品かを判断できる「常識」がないのです。
7. 21世紀型スキルとは「常識」のこと
今回AIを通してわかったことのひとつは「常識」が人間らしさと言えそうなことです。
さて、その「常識」の身につけ方となるとこれはもう昔から言われている話です。
さまざまな「経験」を通して知ることです。
または経験に代わる「読書」などを通して知ることです。
東ロボくんが、実感をともなった経験がなく、文章をまったく読まないことの逆を行けばよいわけです。
今教育の世界では「21世紀型スキル」の習得が目標になっています。
21世紀型スキルとは、IT化とグローバル化が進むことを前提に定義されたものです。
たとえば
②市民性
③批判的思考
④創造力
⑤情報活用力
などのことだそうです。
一見、生活に当然必要なスキルに思えますが、AIを知っていくと、これらのスキルの習得は人としての「常識」を身につけることなのだと納得します。
ここまで来ると疑問がまた一つ浮かんできます。
はたして人は常識的だと言えるのだろうかという疑問です。
実はどうやら、そう常識的でもないようすです。
東ロボくんの開発者が中高生の読解力調査を実施した結果、8割の生徒がAIの読解力に達していなかったそうなのです。
この話は次回詳しくします。
常識というのは意識しなくても、自然に身につくものだと思っている人こそ、ぜひ次回も読んでください。